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21世紀に入り、県職運動は、「行政システム改革大綱」による病院・福祉施設の民間移譲、現業職員の「ゼロ」攻撃との対峙となった。病院闘争は熾烈な攻防の結果、多良見病院が民間委譲となり、また現業職員の業務見直しでは「任用替え」含め一定認めざるを得なかった。しかも05年に人事院・県人事委員会が50年ぶりの地域給導入を含めた給与見直し制度を勧告。06年2月の交渉の末、大幅な賃金水準の引き下げとなった。県下自治体は13市10町に統合され、今後道州制を展望しつつ、県政含め行政の枠組みの議論が進められる。県職の組織基盤の大きな変動が予想される。
【さよなら多良見病院】
多良見病院外観
6月24日金子知事が多良見病院職員と組合に頭を下げた会合。病院交渉をリードした作元書記長(左)と江口政策部長。
03年7月1日、諫早支部と大村支部が統合し、新しく「県央支部」としてスタート。写真・930人と県職で2番目の規模に。初代支部長に江川眞由美さん(大村病院)がなった。
米国のイラク攻撃を支持し、自衛隊をイラクに派遣する「イラク復興支援措置法」が成立。県職は、2月3日第1陣の自衛隊が派遣されるたびに、県庁玄関前で座り込み行動を実施し、抗議の意思をあらわした。
現業業務見直し交渉(05年7月~06年2月)。05年7月に現業「ゼロ」提案を受け、延べ13回にも及ぶ交渉の末、「必要な職種・人員を残す」ことを確認し、苦渋の判断ながら、「任用替え」含め一定受け入れた。
西暦組合の動き県内・世の中の動き
2000 7 調整手当見直しで「長崎市は現行通り」で決着/長崎支部、原爆展10回目/ ○ 2年連続の一時金削減勧告/3 「年金関連法案」を強行採決/6 衆院総選挙で民主党が大躍進/9 シドニー五輪/
2001 ○ 初の南北首脳会談/2 県「行政システム大綱」発表/3 長崎保健看護学校が閉校/○ 県庁執務室内全面禁煙に/9 米国で同時多発テロ/10 米国、アフガニスタン空爆/11 池島炭鉱が閉山/
200211 県、「新しい病院運営計画」を提案/
○ 大瀬戸支部が長崎支部へ統合し分会に移行/
○ 県職員の出張交通費が実費支給へ/
○ 県職人事異動、2段階で内示/2 金子知事再選/5 サッカーワールドカップ日韓共催/8 人勧で初のマイナス勧告△2.03%/
20034 萩原県議3選、陣内長崎市議2選果す/
6 多良見病院の「民間委譲止むなし」の苦渋の判断/
7 諌早支部と大村支部が統合、県央支部に/
○ 県債1兆円突破/3 長崎バス、14年ぶりにスト決行/6 有事立法成立/
20048「長崎消息」200号発刊/ 3 対馬市、壱岐市誕生/4 病院局スタート/○ 「ながさき出島道路」開通、「長崎水辺の森公園」オープン/8 五島市、新上五島町誕生/9 県、「中長期財政見直し」発表/○ プロ野球「選手会」が史上初のストライキ/10 県人事委、給与据え置き勧告/
2005 3 病院局労組を結成/
6 県職、現業労組連合、病院局労組で県職連合を結成/
○ 職員公舎の貸付料50%引上げで合意/
○ 現業職員「ゼロ」提案を白紙撤回させる/
3 成人病センター多良見病院を閉鎖し、日本赤十字へ委譲/○ 県立美術館、長崎歴史文化博物館がオープン/○ 女神大橋開通/○ 人事院、県人事委が50年ぶりの給与制度見直し勧告/○ 衆院選で自民党圧勝/
2006 ○ 金子知事を推せん/
○ 現業業務見直し交渉で「任用替え」と一部民間委譲等を受け入れ/
○ 給与制度見直しで合意/
2 金子知事3選/
90年代は、政治に大きな変化が生まれた。自民党一党支配が終わり、細川連立政権、続いて村山社会党委員長の首相と、明らかに戦後以来続いてきた「55年体制」が崩壊した。この中で組合は新しく結成された民主党基軸を決め、また初めて現職の高田知事の4選を推薦した。90年の一時金傾斜配分提案に対抗した1時間ストを最後に、それ以降県職はストを実施していない。この時期から県職の運動は、単に当局と徒に対峙するだけでなく、運動の幅と体系を徐々に変化させてきている。この背景に労働運動全体の沈滞化があることは否定できない。
フランス核実験に抗議して県庁玄関前に座り込み(95年5月)
90年11月に雲仙普賢岳が198年ぶりに噴火して、島原市・深江町を中心に甚大な被害を被っていることを受け、救済のための「特別立法」を求める運動が連合を先頭に県下で起こった。そのキャラバン行動出発であいさつする中崎委員長(当時)(97年6月2日、県庁玄関前)
組合結成50周年を祝う式典(96年9月20日)。くす玉を割るのは、左から当時の脇川現業労組委員長、西首女性部長、中崎委員長、林田青年部長。
賃金確定闘争では毎年女性部の要求もあわせて交渉。マイクを握っているのは西島副委員長(当時)。94年には育児休業制度で前進をみせた。
労働現場の苛酷な実態を暴いた作品で知られるルポライター鎌田慧さんを招いて講演会。蒲田さんは組合機関紙の役割を鋭く語った。(92年12月14日)
西暦組合の動き県内・世の中の動き
1990 12 一時金の傾斜配分導入に反対し1時間のストライキ全国では高知と2県職のみ/ 1 本島長崎市長が右翼に銃撃される/2 高田知事3選/5 第41回全国植樹祭が開催/5 「連合長崎」発足/7 九州横断長崎自動車道が開通/8 長崎旅博覧会が開催/10 東西ドイツ統一/11 雲仙普賢岳198年ぶりに噴火/○ 県労評解散、県労評センター設立
1991 ○ 新昇給制度に対する闘い/
○ 財務、税務オンラインに合意/○ 城戸県議4選/萩原長崎市議3選/吉井諫早市議誕生
1 湾岸戦争勃発/4 ゴルバチョフソ連大統領来崎/5 インドガンジー首相暗殺/6 雲仙普賢岳大規模火砕流で、死者、行方不明者43人/7 生月大橋開通/○ 県上海事務所開設/
1992○ 副執行委員長2人体制へ/
○ 婦人部を女性部に改称/
○ 完全週休2日制実施/
3 ハウステンボス開業/6 島原市、深江町に土石流、火砕流のダブルパンチ/6 PKO法案可決/9 米強襲揚陸艦ベローウッド佐世保配備/○ 共和汚職・佐川急便事件/
1993○ 9月留保残り6月の解除/
○ シニア交流集会始まる/
2 県ソウル事務所開設/4 島原、深江で大規模土石流/7 北海道南西沖地震、死者、行方不明231人/8 自民党一党支配が終り、細川連立内閣が発足/
1994○ 知事選で県労評センター、県職が初めて現職高田知事を支持/
○ 県職員専用グランドが長崎市神の島に完成/
2 高田知事4選/4 細川内閣総辞職/6 松本サリン事件/6 55年体制終結、自民と社会が連立政権。村山社会党委員長が首相に/11 政治改革関連法案が可決/○ 県立総合体育館が完成/○ 長崎国際航空貨物ターミナルビル完成/
1995 ○ 福祉事務所見直し交渉/
○ 第3次病院闘争/
○ 荻原県議初当選/
○ 大野市議初当選/
1 阪神・淡路大地震、死者5,000人以上/5 普賢岳の活動ほぼ停止状態に/6 長崎で国連軍縮会議を開催/8 人勧で初めて、1.0%を切る/○ オウム真理教、地下鉄サリン事件/○ フランス核実験、全国で反対運動/○ 被爆者援護法成立/○ 沖縄中心に日米地位協定見直しの動き/○ 県「新行政システム推進基本計画」策定
1996 3 第5次病院反合闘争で止むを得ず非常勤導入受け入れ/
4 「長崎消息」第100号/
6 県職アジアの翼でベトナムへ/
9 組合結成50周年を祝う/
9 自治労、総選挙で「民主党」基軸を決定/
○ 原爆中心碑撤去反対市民連絡会に参加/
10 川野元委員長、「連合」会長に/
1 村山首相が辞意表明/5 中国が地下核実験/9 CTBT採決/
1997 11 北松浦、北松北を統合し、「北松支部」に/ 2 県議会に「改革21」会派が結成/4 諌早湾干拓の堤防締切り/6 「男女雇用機会均等法」が成立/11 「民主党長崎」結成大会/○ 給料の口座振込み始まる/○ 消費税率5%にUP/
19981 育児休業代替職員配置で、号給支弁での雇用を制定/
○ 離島特昇制度見直しで合意/
○ 団体生命が日団から自治労共済へ/
○ 現業職給料表の級別給料表への切り替えに合意/
2 金子新知事誕生/
○ 米国、インド、パキスタンが核実験/
1999 4 統一地方選で県議萩原再選、長崎市議、陣内が誕生/
11 県当局へ「国旗」「国歌」強制しないよう申入れ/
○ 勤務時間の見直しで合意(9時~17時45分)/
5 情報公開法が成立/7 地方分権一括法案が成立、社保の身分移管で7年間の留保の附帯決議/8 国旗、国歌法、通信傍受法成立/11 東海村でJCO臨海事故/○ 県立千綿女子高等学園を廃止/○ 県立シーボルト大学開校/○ 「県行財政改革特別委員会」と「県行政システム改革懇」を設置/
80年代は、福祉・病院闘争の時代となった。その背景には81年の第2次臨調の発足があり、「公的赤字部門」を切り捨てる「行革(ギョーカク)」が大手を振るった。特に全国でも初、県政史上初の直接請求運動を経験。高田知事による佐々療養所の廃止に対抗し、「北松に新しい県立病院をつくる条例制定運動」という、県下の労働組合・地域を巻き込んで闘われた。県職のこの「横への運動」は、職場闘争だけでは展望が切り開けないこと、さらに86年高島閉山、87年国鉄分割・民営化、89年の連合発足が象徴するように、社会・経済構造が確実に変化してきていることを示した。
85年1月「佐々療養所廃止」の 条例案を強行提出しようとする川口保険 部長に激しく抗議する執行部。手前、林田副委員長、マイクを持っているのが吉井委員長。平野現業労組委員長、吉岡衛生医療評事務局長、中村現業労組書記長。
【徒歩キャラバン107キロ】 臨時県議会を前に、1月13日佐々町から佐世保・大村・諫早を通り県庁まで107キロを徒歩キャラバン隊がスタート。県職大村支部があった大村労働会館前で。
組合員の文化活動を育てる趣旨で、長崎支部が80年から「手づくり無添加バラエティ発表会(テムバハ)」を6回実施。88年には、世界的ドラマーのエルビンジョーンズ氏を特別ゲストで招いた。
88年から始まった支部対抗交流駅伝。当初打ち上げは質素だったが、今や立食形式に。女性だけのチーム参加の大村支部(当時)
【82年7月23日長崎大水害】
 長崎南部の大豪雨は死者299人におよぶ大水害となった。上戸国雄さん(当時管財課)ほか組合員、家族9人が尊い犠牲となった。この翌日の土・日にかけて、各支部対抗球技大会を長崎市で実施予定としていたが、中止となった。
西暦組合の動き県内・世の中の動き
1980 ○ 保母56人削減の再提案/ 2 救急医療情報システムが始動/○ SSK紛争決着/5 ポーランドのワレサ連帯委員長来崎/6 初の衆参ダブル選挙/7 モスクワ五輪を米がボイコット、日本も同調/
1981 ○ 人勧7年ぶり値切られる/
○ 第二次病院合理化闘争/
3 第二次臨調発足/○ 公務員の定年制法案が可決/4 上五島空港が完成/○ ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が来県/
1982○ 保母68人減員提案/○ 長崎大水害で組合員1人、家族9人死亡(7月)/ 2 高田勇、知事当選/○ 石木ダム強制測量で2週間の攻防/4 マザー・テレサ尼来崎/7 長崎大水害(死者・行方不明者299人)/○ 長崎県と中国福建省との友好提携調印/8 「むつ」佐世保出港/○ 人事院勧告凍結/○ 県議会で「佐々療養所廃止」決議/
1983○ 人勧値切り/
○ 第2次福祉反合理化闘争妥結(32人保母再配置へ)/○ 木戸県議再選/○ 吉井諫早市議誕生
2 石木ダム建設で県が機動隊を導入/3 県立成人病センター多良見病院が完成/6 参院選で初めての比例代表制導入/10 田中元首相に有罪判決/10 米空母カールビンソン佐世保入港/
1984○ 人勧値切り/ 12 松浦火力発電所起工式/○ グリコ・森永事件/○ 新1万円札・5千円札・千円札を発行/
1985 ○ 北松に新しい県立病院をつくる条例制定運動/
○ 給与制度改定(8等級から11級制へ)/
○ 「佐々廃止条例」を強行提案/5 中国総領事館が開館/5 男女雇用機会均等法成立/○ 電々公社・専売公社が民営化/8 日航ジャンボ機墜落、女性4人を除く乗客、乗員520人が死亡/12 小値賀空港が完成/○ 「長崎県行財政改革大綱」発表/
1986 ○ 福祉施設反合理化闘争(療育センターをめぐる)/
○ 組合結成40周年記念行事/
○ 佐々療養所廃止/2 高田知事再選/4 チェルノブイリ原発事故/○ 好景気始まる。いわゆるバブル景気/8 米戦艦ニュージャージー佐世保入港/11 三菱石炭鉱業高島鉱業所が閉山/
1987 ○ 定数削減反対の闘い/
○ 給与振込反対の闘い/○ 城戸県議3選/萩原長崎市議再選/浜崎県議(大村)誕生
4 国鉄分割、民営化/12 長崎市の核実験抗議文が通算400回/○ 全日本民間労働組合連合会(民間「連合」)が発足/○ 米ソがINF全廃条約に調印/
1988○ 洋館保存条例制定運動/
○ 社会保険職員「国一元化法案」の廃案を勝ち取る/
○ 駅伝大会スタート/
○ 長崎―ソウル間の定期航空路が開設/12 本島市長が「天皇に戦争責任」発言/○ 瀬戸大橋開通/○ ソ連軍アフガン撤退/○ 12年ぶり東西そろいソウル五輪/○ リクルート疑惑/○ 有隣荘廃止/
1989 ○ 労働安全衛生管理体制が確立/
○ 月二回(第二、四)土曜閉庁実現/
○ 病院合理化反対の闘い、60人削減案を46人縮減/
1 昭和天皇死去/2 高田知事3選/5 連合長崎発足/7 参院選で篠崎年子当選/9 新長崎漁港が開港/○ 工業技術センターが開設/11 諌早湾干拓37年ぶりに着工/○ 自治労、新「連合」へ参加/○ 消費税導入/○ 総評解散、官民統一で日本労働組合総連合会(新「連合」)結成/11 ベルリンの壁崩壊、東西冷戦終結/
「坐して死すより闘って死す」。70年代の久保知事時代、県職は「人勧の完全実施」を求めて毎年、春闘・確定時期にストライキを実施。73年4月27日には、それまでの1時間から初の半日ストライキを決行した。これらに対抗する形で、県当局は77年のストライキで組合幹部4人を不当逮捕。日米安保の自動延長、オイルショック、金大中拉致事件、ロッキード事件、円高不況、原子力船「むつ」佐世保入港など、社会的事件や問題があったものの、それに連帯しつつも県職は自らの生存と権利をかけ闘い抜いた。70年に青年部、翌71年に婦人部を結成。
【4人を不当逮捕】
 77年4月20日、県職は春闘で半日ストライキに突入。整然とスト敢行を進める組合に対し、県当局は機動隊を導入し、早朝に文明堂周辺に管理職などを集合させると共に隊列を組み、それまで管理職が入庁していた“北門”からは入らず組合が集会を行っていた“県庁正門”から強行入庁をはかろうと企てた。この動きに対して組合の遊撃ピケ隊約40人が慣行を守るよう説得行動を行っている最中に、私服の官憲が突如襲いかかり、「道交法違反、威力業務妨害」の現行犯で林田副委員長以下4人を不当逮捕すると共に、組合本部、長崎支部書記局を無法にも機動隊を導入して家宅捜索を強行した。この背景には、病院などへの合理化の強要と厳しいスト処分を迫る自民党県議団の圧力があった。
1974年の昇給延伸攻撃での労使交渉。深刻に考え込む当時の高田副知事(右)と追及する城戸副委員長。
人事院勧告の完全実施を求めて決行した県職初の半日ストライキ(全国統一)。県庁玄関前広場を埋め尽くした(73年4月27日)
青年部のキャンプ。給与は少ないし、テレビも自動車も「高嶺の花」。当時はソフトボールやキャンプなどが交流として盛んでした。ここからカップルが多くうまれたらしい。
原子力船「むつ」の佐世保入港を阻止する反対派のボート群。(78年10月16日)
西暦組合の動き県内・世の中の動き
1970 ○ 児童福祉施設闘争で、137人の定員増を勝ち取る/ 病院現業職場改善闘争で、75人の人員増を勝ち取る/ 青年部結成/ 2 久保勘一、知事に初当選/2 日本初の国産人工衛星打ち上げ成功/3 大阪で日本万国博覧会開催/8 「大村空港」建設で大村市箕島住民と基本合意/ 9 県公害対策本部が発足/11 作家、三島由紀夫が割腹自殺/○ 連合赤軍による「よど号乗っ取り事件」/○ 日米安保条約を自動延長/
1971 ○ 春闘1時間スト実施/ コンピュータ導入阻止闘争/ 婦人部結成/ 有隣荘闘争はじまる/○ 組織内候補の寺本、長崎市議誕生 10 長崎衛生公社労組が公社の抜本改革求め無期限ストに突入。3項目の市長案受入れ収拾/ 11 県議会で県政100周年記念式典/ 11 県、新長崎漁港建設計画を決定/ ○ オイルショック/○ 「円」が変動相場制に移行/
1972○ 春闘1時間スト実施。人勧は初めて4月実施となる/ 2 連合赤軍による「あさま山荘」事件/5 沖縄返還/10 全国で初めて、長崎県友好訪中使節団が中国を訪問/11 鉄道建設審議会が長崎新幹線の建設開始の答申を出す/○ 「日本列島改造」で土地ブーム/○ 第11回冬季オリンピック札幌大会/
1973○ 春闘半日スト実施、3,000人以上が参加/
4 県労評傘下の私鉄、県教組、自治労など38単産5万人がゼネストに突入/
6 原水禁県民会議、仏の核実験に抗議し、原爆落下中心地で初の座り込み/
3 平戸大橋が着工/5 中国から友好訪日団が来県/7 スト弾圧で臨時県議会/11 「新長崎漁港」の起工式/11 「県南部地域総合開発事業」の諌早湾埋め立てに漁協側が反発/
○ 長崎・東京間に定期航空路線が開設/
○ オイルショックと狂乱物価/
○ 金大中氏誘拐事件/
○ 本州、九州を結ぶ関門橋が開通
1974○ 春闘半日反復スト実施/ 1 心身障害児・者総合福祉施設「県立コロニー」が開設/1 軍艦島の端島鉱が閉山/ 2 久保知事再選/2 諸谷長崎市長が「核保有国の軍艦入港拒否」を明らかに/6 歴代首相で初めて、田中首相が平和祈念像に献花/○ 日本初の原子力船「むつ」が放射能漏れ/○ スト権奪還で公労協が192時間交通ゼネスト/
1975 ○ 12カ月昇給延伸を提案、6月議会を前に「9月留保」で妥結、この年、7波のストを実施/ 4 ベトナム戦争終結/5 世界初の海上空港として「長崎空港」が完成/5 対馬空港開港、対馬・福岡間に空路開設/7 沖縄海洋博覧会/8 三木首相が「私人」の資格で戦後歴代首相として初めて靖国参拝/12 県議会、スト特別調査委員会を設置/
1976 ○ 春闘1時間スト、3月20日2時間、地域スト4月20日・21日各2時間実施/ 2 科技庁長官が久保知事と辻佐世保市長にSSKでの原子力船「むつ」の修理受け入れを要請/9 「南総」事業で湾内漁業補償交渉が妥結。総額、247億円/○ 米・ロッキード事件で田中首相逮捕/○ 毛沢東死去/
1977 ○ 春闘ストで県職4人を逮捕/ 4 原子力船「むつ」受け入れを県議会が同意。原水禁は「むつ」廃船を訴える/8 「海上貯油センター」上五島に決まる/○ 円高不況/
1978○ 「県立五病院の経営健全化計画」提案/ 2 久保知事3選。県、長崎新幹線ルート選定のための環境調査結果まとめる/3 時間内組合活動規制の総務部長通達/5 原子力船「むつ」佐世保入港/5 成田国際空港開港/6 県、「南総」事業で島原半島東岸漁民に25億の漁業補償提示/8 原水禁統一世界大会長崎大会が15年ぶり開かれる/9 県親善訪中団による「日中友好の翼」が中国を訪問/12 橘湾のタンカー石油備蓄スタート/12 金大中氏が2年10カ月ぶり釈放/
1979 ○ 保母69人削減の合理化提案/ 城戸委員長が県議初当選、寺本長崎市議3選/ 6 本島新長崎市長が核保有国軍艦の入港受入れ表明/○ 長崎・中国間に定期航空路線が開設/○ 東京サミット、円高不況の中、サラ金犠牲者が続出/
50年代後半から60年代にかけての県職の実践的課題は「幹部請負闘争から大衆闘争へ」の脱皮。それは「機関紙発行」と「積極的に職場に入り組合員に問題点を訴え要望を聞く=職場オルグ」となって現れる。これが今でも県職の原点となっている。60年代は三池闘争や安保闘争など激動期だったが、焦点は人勧の実施時期が10月と遅れていたこと。この「4月完全実施」を求めて、66年10月21日初の1時間ストライキが決行された。「公務員のスト権解放」の闘い。ここから県職運動の大衆的な広がりと共に長く厳しい闘いが始まった。61年には現業労組を結成。
「人動の実施時期の完全実施(4月)」を求めて行った66年10月21日の初の1時間スト、68年10月8日の 1時間ストに対し、県当局が出した不当処分の取り消しを求める公判闘争集会(69年11月26日、県庁玄関前)
68年1月19日に米原子力空母「エンタープライズ」佐世保入港阻止。これを前後として連日の反対・抗議集会やデモ が繰り広げられた。車上中央は、石橋政嗣現地闘争本部長(後の社会党委員長)。車の手前に県職の旗が見える。
2.8体制を求め県庁舎前で抗議。厳しい闘いの中で179人の増員を勝ち取った。
61年の年末闘争の山場。左側前列手前から阿部委員長、浦瀬書記長。
安保闘争と連動した第31回(60年)メーデー。長崎支部のデモ隊。
西暦組合の動き県内・世の中の動き
1960 ○ 三池闘争に積極的に参加、県職始まって以来の組合員1人200円の資金カンパ取り組む
6 日米安保条約改定阻止の闘い/ 地公四団体による4者共闘会議が発足12.4%の賃金引上げ/
2 公務員共闘結成(自治労も結集)、全国統一行動実施/○ 三井鉱山、三井鉱をロックアウト、労組、全山無期限ストに突入/6 日米安全保障条約強行採決、国会デモで学生樺美智子死亡/6 県立長崎図書館が開館/10 浅沼稲次郎社会党委員長、元右翼青年に刺殺される/ 11 佐藤知事が県勢振興5カ年計画構想。臨海工業団地造成や有料道路建設など/
1961 ○ 臨職定数化闘争で、全員定数化を勝ち取る(当時全国で6県)/12 長崎県現業職員労働組合結成/ ○ 長崎県総合農林センターが諌早市に/4 県勢振興5カ年計画スタート/ 4 ソ連人間衛星第1号(ガガーリン少佐)/ 5 佐田の山(五島有川町出身が幕内初優勝)/ 10 自治労県連合会から自治労県本部へ移行/
1962○ 県職組合員5,000人を突破(未組織職場なくなる)/ 2 佐藤知事再選/2 米、ベトナムへの軍事介入本格化/4 福江市で大火発生(604戸焼く)/6 長崎市公会堂落成/8 第8回原水禁世界大会、ソ連の核実験への抗議問題をめぐり紛糾。大会宣言採択できず閉会/8 地方公務員共済組合法成立/10 キューバ危機/
1963○ 団体生命保険の取り扱いを組合で一本化/ 行政職給料表3等級までの自動昇格運用を勝ち取る/ ○ 県下初の離島空港、福江空港が完成/1 ライシャワー米大使が大平外相に原子力潜水艦の日本寄港を申入れ/ 3 科学者154人が原子力潜水艦寄港反対を表明/5 狭山事件/ 8 第9回原水禁大会中止/ 8 県北開発振興局を設置/11 ケネディー米大統領暗殺される/○ 初の日米間テレビ衛星中継実験に成功/○ 三井三池炭鉱で炭塵火災、死者458人、負傷者839人/
1964○ 児童福祉施設職員の労働条件改善要求の取り組み→12月県議会意見書/
9 人勧完全実施を迫り、9月実施勝ちとる/
1 県、迷惑防止条例を施行(九州初)、白ポスト設置/8 政府が米原潜寄港の受託を正式に発表/8 第10回原水禁大会が分裂。「どの国の核武装、実験にも反対」とする三県連絡会議(社会党、総評系)と長崎原水協(共産党系)がそれぞれで実施/9 原潜寄港阻止西日本国民集会を実施(佐世保)/10 東京オリンピック開幕/11 米原潜シードラゴン佐世保に入港/○ 中国が核実験/
1965 ○ 公務員共闘初の10.22半日統一スト回避/ 離島特昇制度(65年1月施行で合意)/ ○ 県立美術博物館完成/2 米空軍、北ベトナムを爆撃/5 長崎大学で大学側と学生が衝突。1000人が授業ボイコット/
1966 10 21 初の1時間ストを決行、本庁集会参加者は10人、100を超える職場で全員参加の集会実施/ ○ 壱岐空港完成、壱岐―福岡間に空路開設/2 佐藤知事3選/11 三菱重工労組が結成/○ ビートルズ来日/○ 百円札廃止/○ 10.21国際反戦デー始まる/
1967 ○ 「実施時期の完全実施」を求めて、1時間ストを決行、人勧は8月実施となる/ 社保評結成/ 4 県立国際経済大学を佐世保市に開学/9 米大使が外相に原子力空母の日本寄港申入れ/10 県下初の離島架橋として福島大橋完成/11 政府が原子力空母の寄港承認を米国に通告、辻佐世保市長が寄港了承を政府に伝えた/○ 長崎バイパス開通/
1968○ 看護婦の夜勤制限闘争(2・8闘争)で179人の増員を勝ち取る/ 「実施時期の完全実施」を求めて、1時間ストを決行/ 1 米原子力空母エンタープライズ佐世保入港。寄港反対で集会と大規模デモ/2 深堀・香焼臨海工業用地造成で、香焼島が陸続きに/4 離島医療圏組合がスタート/5 米原潜ソードフィッシュ号佐世保に入港、異常放射能が発生/6 九州大学にF4Cファントム墜落、6・1闘争始まる/7 壱岐対馬国定公園に指定/
1969 ○ 「実施時期の完全実施」を求めて、1時間ストを決行/○ 「実施時期の完全実施」を求めて、1時間スト、職制の泊まり込みスト破り妨害を乗り越えて実施、人勧は6月実施となる/ 原告63人による「10・21不当処分取り消し」を求めて、長崎地裁に訴訟/ 1 東大紛争、長崎大学でも学生会館の管理めぐり、大学当局と学生が対立/6 長崎駅前の高架広場が完成/7 池田県議会議長刺殺される/7 アポロ11号月面着陸に成功/10 長崎国体が開催/11 佐藤・ニクソン会談で72年沖縄返還を発表/
県職結成は1946年。中心になったのは、地域の労働組合作りを指導した労働部、農地改革を推進した農林部、民主教育の先頭に立った教育委員会だった。初代杉山知事時代は労使協調路線だったが、2代目の西岡知事は組合を敵視。赤字再建団体指定を受け、「行政整理」として定数削減を強行し、結果的に組合幹部含め394人を首切り。これに対し県職は職場集会や座り込み、市内デモ、署名運動などを様々な活動を展開した。この首切り反対闘争が県職の基本をつくった。初期の佐藤政権時代には、定期昇給・昇格完全実施や臨時職員定数化闘争で234人を発令させた。
現在の県庁が出来た53年、屋上で開かれた県庁盆踊り大会長崎港も実に広々としている。こういう癒される県庁生活もありました。
54年、首切り反対のデモ隊が県庁周辺を回る。ハチマキに旧県庁マークが見える。
県庁玄関前の座り込み
本庁中庭での総決起大会
【諫早大水害(1957年7月25~26日)】
県南部中心に死者不明815人。自治労組合員・家族30人が犠牲に。カンパ150万円。
西暦組合の動き県内・世の中の動き
1946 6 長崎県職員組合結成1 長崎交通産業労働組合が誕生。県労働組合促進協議会は県内の労働者に呼び掛け、産業別労働組合の結成に乗り出す/ 5 第17回メーデー、11年ぶりの復活/ 11 日本国憲法公布(47年5月3日施行)/
1947 2 ゼネスト中止命令がGHQから出される/ 4 労働基準法公布(9月1日施行)/ 4 杉山宗次郎が初代公選知事に/ 7 県労働組合会議を結成
19481 帝銀事件/5 本県初の“経済白書”ともいうべき「県財政事情説明書」を公表
19499 レッドパージにより、現書記長はじめ30数人の活動家が職場を追われる ○ 下山事件・三鷹事件・松川事件と国鉄列車妨害事件が続出/10 湯川秀樹、ノーベル物理学賞受賞/
1950○ 組合旗を制定(白地に前県マークを刺しゅう。旗の回りを金モールで飾る)、県職歌を制定 5 立山町にあった県庁舎全焼。組合関係書類も焼滅/6 朝鮮戦争勃発/政府は公務員のレッドパージの基本方針を決定/7 総評結成
1951 ○ 戦犯追放解除され当選した西岡知事が組合敵視政策を取る 3 総評第2回大会で平和四原則を決定(再軍備反対・全面講和・中立堅持・軍事基地反対)/4 西岡竹次郎、知事当選/5 県総評(凖)が分裂/6 日本、ILOに加盟/9 サンフランシスコ講和条約調印・日米安保条約調印
1952 4 県労評結成/5 血のメーデー事件 第23回メーデーで、皇居前広場でデモ隊と警官隊が衝突、乱闘になる/○ GHQ解散/○ 佐々療養所開設
1953 ○ 新しい組合旗を制定(赤字に県職の白ヌキ) ○ 現在の県庁舎完成/○ 東浦病院を大村に開設/○ 最高裁、公務員の団結権を否認し争議行為を禁じた政令201号事件で公民の争議権制限は違憲でないと判決
19541 自治労結成/2 自治労長崎県連合会結成/3 ビキニ環礁でアメリカの水爆実験/自衛隊発足/○ 福江市誕生/○ 整肢療育園を諌早市に開設
1955 ○ 県が赤字再建団体に転落、地方事務所の統廃合を含む大々的な機構改革、条例定数削減による大幅な人員整理計画を発表、約2カ月に及ぶ労使の激しい攻防の末、役員9人を含む、394人の首切りが行われた ○ 平戸、松浦が市に/○ 春闘はじまる/4 西岡知事再選/8 平和祈念像序幕/8 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催/10 保守合同で自由民主党結成/11 左右社会党が統一
1956 ○ 定期昇給・昇格完全実施のたたかい(100数十回に及ぶ交渉~83%限度で妥結)/ 首切り反対闘争和解(首切り反対闘争で免職処分2人) ○ 神武景気/8 第2回原水爆禁止大会が長崎で開催(東高体育館)当初会場収容で東京開催が浮上していた/12 日本、国連に加盟(80番目)
1957 ○ 諌早大水害に対し救援活動/組合費の徴収方法が現行の給与差引に ○ 日教組、教員勤務評定制度をめぐり、反対闘争を展開/6 西岡知事、佐藤副知事を知事職権で罷免/7 諌早大水害
1958 ○ 昇給・昇格完全実施/臨職定数化闘争(234人の発令) ○ 多比良○長洲間に有明海自動車航送船が就航/3 佐藤勝也、知事当選
1959 ○ 県職主婦協議会結成/高松委員長、組合葬 5 大村空港開港/○ 三井鉱山、指名解雇通告し、三池争議始まる