首切り反対闘争で労使が激突(1946-59)

県職結成は1946年。中心になったのは、地域の労働組合作りを指導した労働部、農地改革を推進した農林部、民主教育の先頭に立った教育委員会だった。初代杉山知事時代は労使協調路線だったが、2代目の西岡知事は組合を敵視。赤字再建団体指定を受け、「行政整理」として定数削減を強行し、結果的に組合幹部含め394人を首切り。これに対し県職は職場集会や座り込み、市内デモ、署名運動などを様々な活動を展開した。この首切り反対闘争が県職の基本をつくった。初期の佐藤政権時代には、定期昇給・昇格完全実施や臨時職員定数化闘争で234人を発令させた。
現在の県庁が出来た53年、屋上で開かれた県庁盆踊り大会長崎港も実に広々としている。こういう癒される県庁生活もありました。 54年、首切り反対のデモ隊が県庁周辺を回る。ハチマキに旧県庁マークが見える。 県庁玄関前の座り込み 本庁中庭での総決起大会 【諫早大水害(1957年7月25~26日)】
県南部中心に死者不明815人。自治労組合員・家族30人が犠牲に。カンパ150万円。
西暦 組合の動き 県内・世の中の動き
1946 6 長崎県職員組合結成 1 長崎交通産業労働組合が誕生。県労働組合促進協議会は県内の労働者に呼び掛け、産業別労働組合の結成に乗り出す/ 5 第17回メーデー、11年ぶりの復活/ 11 日本国憲法公布(47年5月3日施行)/
1947 2 ゼネスト中止命令がGHQから出される/ 4 労働基準法公布(9月1日施行)/ 4 杉山宗次郎が初代公選知事に/ 7 県労働組合会議を結成
1948 1 帝銀事件/5 本県初の“経済白書”ともいうべき「県財政事情説明書」を公表
1949 9 レッドパージにより、現書記長はじめ30数人の活動家が職場を追われる ○ 下山事件・三鷹事件・松川事件と国鉄列車妨害事件が続出/10 湯川秀樹、ノーベル物理学賞受賞/
1950 ○ 組合旗を制定(白地に前県マークを刺しゅう。旗の回りを金モールで飾る)、県職歌を制定 5 立山町にあった県庁舎全焼。組合関係書類も焼滅/6 朝鮮戦争勃発/政府は公務員のレッドパージの基本方針を決定/7 総評結成
1951 ○ 戦犯追放解除され当選した西岡知事が組合敵視政策を取る 3 総評第2回大会で平和四原則を決定(再軍備反対・全面講和・中立堅持・軍事基地反対)/4 西岡竹次郎、知事当選/5 県総評(凖)が分裂/6 日本、ILOに加盟/9 サンフランシスコ講和条約調印・日米安保条約調印
1952 4 県労評結成/5 血のメーデー事件 第23回メーデーで、皇居前広場でデモ隊と警官隊が衝突、乱闘になる/○ GHQ解散/○ 佐々療養所開設
1953 ○ 新しい組合旗を制定(赤字に県職の白ヌキ) ○ 現在の県庁舎完成/○ 東浦病院を大村に開設/○ 最高裁、公務員の団結権を否認し争議行為を禁じた政令201号事件で公民の争議権制限は違憲でないと判決
1954 1 自治労結成/2 自治労長崎県連合会結成/3 ビキニ環礁でアメリカの水爆実験/自衛隊発足/○ 福江市誕生/○ 整肢療育園を諌早市に開設
1955 ○ 県が赤字再建団体に転落、地方事務所の統廃合を含む大々的な機構改革、条例定数削減による大幅な人員整理計画を発表、約2カ月に及ぶ労使の激しい攻防の末、役員9人を含む、394人の首切りが行われた ○ 平戸、松浦が市に/○ 春闘はじまる/4 西岡知事再選/8 平和祈念像序幕/8 第1回原水爆禁止世界大会が広島で開催/10 保守合同で自由民主党結成/11 左右社会党が統一
1956 ○ 定期昇給・昇格完全実施のたたかい(100数十回に及ぶ交渉~83%限度で妥結)/ 首切り反対闘争和解(首切り反対闘争で免職処分2人) ○ 神武景気/8 第2回原水爆禁止大会が長崎で開催(東高体育館)当初会場収容で東京開催が浮上していた/12 日本、国連に加盟(80番目)
1957 ○ 諌早大水害に対し救援活動/組合費の徴収方法が現行の給与差引に ○ 日教組、教員勤務評定制度をめぐり、反対闘争を展開/6 西岡知事、佐藤副知事を知事職権で罷免/7 諌早大水害
1958 ○ 昇給・昇格完全実施/臨職定数化闘争(234人の発令) ○ 多比良○長洲間に有明海自動車航送船が就航/3 佐藤勝也、知事当選
1959 ○ 県職主婦協議会結成/高松委員長、組合葬 5 大村空港開港/○ 三井鉱山、指名解雇通告し、三池争議始まる