県職労の歩み

首切り反対闘争で労使が激突(1946-59)

県職結成は1946年。中心になったのは、地域の労働組合作りを指導した労働部、農地改革を推進した農林部、民主教育の先頭に立った教育委員会だった。初代杉山知事時代は労使協調路線だったが、2代目の西岡知事は組合を敵視。赤字再建 […]

原点の機関紙発行と職場オルグが誕生(1960-69)

50年代後半から60年代にかけての県職の実践的課題は「幹部請負闘争から大衆闘争へ」の脱皮。それは「機関紙発行」と「積極的に職場に入り組合員に問題点を訴え要望を聞く=職場オルグ」となって現れる。これが今でも県職の原点となっ […]

「坐して死すより闘って死す」を実行(1970-79)

「坐して死すより闘って死す」。70年代の久保知事時代、県職は「人勧の完全実施」を求めて毎年、春闘・確定時期にストライキを実施。73年4月27日には、それまでの1時間から初の半日ストライキを決行した。これらに対抗する形で、 […]

「行革」台風に抗し職場で地域で奮闘(1980-89)

80年代は、福祉・病院闘争の時代となった。その背景には81年の第2次臨調の発足があり、「公的赤字部門」を切り捨てる「行革(ギョーカク)」が大手を振るった。特に全国でも初、県政史上初の直接請求運動を経験。高田知事による佐々 […]

組合史上初めて現職知事を推せん(1990-99)

90年代は、政治に大きな変化が生まれた。自民党一党支配が終わり、細川連立政権、続いて村山社会党委員長の首相と、明らかに戦後以来続いてきた「55年体制」が崩壊した。この中で組合は新しく結成された民主党基軸を決め、また初めて […]

民間委譲・賃金引下げ等攻撃目白押し(2000-2006)

21世紀に入り、県職運動は、「行政システム改革大綱」による病院・福祉施設の民間移譲、現業職員の「ゼロ」攻撃との対峙となった。病院闘争は熾烈な攻防の結果、多良見病院が民間委譲となり、また現業職員の業務見直しでは「任用替え」 […]